やなせたかしが戦争で見た絶望とは|アンパンマン誕生の真実と正義
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やなせたかしの戦争体験を語る上で、決して避けて通ることができないのが、実弟・柳瀬千尋(ちひろ)の存在です。幼い頃から学業優秀で、京都帝国大学(現・京都大学)理学部へと進学した千尋は、やなせにとって自慢の弟であり、心から愛する唯一無二の家族でした。
しかし戦局の悪化に伴い、千尋は海軍の予備学生として志願。過酷な訓練を経て、特攻兵器を擁する部隊へと配属されました。そして1944年(昭和19年)、台湾沖方面の戦闘において、米軍潜水艦の攻撃を受け、わずか22歳の若さで散華したのです。
戦後、復員したやなせを待っていたのは、冷たい白木の箱でした。中には遺骨すらなく、一片の紙が入っているだけだったと伝えられています。優秀で未来に満ちあふれていた弟が海の藻屑と消え、出来の悪い兄である自分だけが生き残ってしまった――。この強烈なサバイバーズ・ギルト(生き残った者の罪悪感)は、やなせの心に深い傷跡を刻み込みました。
名作『チリンのすず』で描かれる喪失の哀愁や、アンパンマンが自らの身を省みずに他者のために飛び立っていく姿の背後には、戦地に散った弟への鎮魂の祈りと、「弟の分まで誰かの役に立たなければならない」という切実な使命感が潜んでいたのです。