ロッキード事件「蜂の一刺し」の真相と榎本三恵子の現在を追う

今注目を集めている ロッキード事件「蜂の一刺し」の真相と榎本三恵子の現在を追うについて、多角的な視点を整理して公開しています。

「蜂の一刺し」という表現は、1981年(昭和56年)10月28日、東京地裁で開かれたロッキード事件・丸紅ルートの公判において、検察側証人として出廷した榎本三恵子が発した言葉に由来します。一般にミツバチは敵を針で刺すと内臓がちぎれて命を落とす習性があります。彼女は自らの証言が家庭や社会生活のすべてを破壊することを熟知したうえで、「自らの命を引き換えにしてでも標的を刺し違える」という覚悟をこの比喩に込めました。

当時の法廷は、丸紅から田中角栄側に渡ったとされる5億円の使途と授受の経路を巡り、検察側と弁護側の主張が真っ向から対立していました。元首席秘書官・榎本敏夫は一貫して受領事実を否認、あるいは記憶にないとする「沈黙の防壁」を築いていましたが、三恵子の証言はその防壁を内側から爆破するものでした。「夫が段ボール箱に入った現金を持ち帰り、田中邸へ運んだと話していた」という彼女の肉声は、事件の核心を突く決定打として法廷に響き渡りました。

この発言は直後から全国紙の一面やテレビの報道特番を独占し、同年の流行語として社会現象化しました。保身と隠蔽が常態化していた政治の世界において、組織の論理に真っ向から反旗を翻した女性の捨て身の一撃は、日本中のお茶の間に強烈なカタルシスと衝撃をもたらしたのです。

山田 真由

山田 真由

自動車・モビリティライター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。

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