読売・巨人・日テレを作った男!正力松太郎の功罪とCia工作の真相
読売・巨人・日テレを作った男!正力松太郎の功罪とCia工作の真相に関する注目トピックを分かりやすく解説します。関心のある方は必見です。
正力松太郎の経歴において、現代の研究者や読者の関心を最も惹きつけるのが「正力松太郎CIA関与」の真相です。2000年代以降、米国国立公文書館(NARA)所蔵の機密文書が次々と一般開示されたことで、昭和史の暗部に新たな光が当てられました。
公文書の記述によると、正力には米情報機関から「PODAM(ポダム)」という暗号名(コードネーム)が付与されていました。第二次世界大戦後のGHQ占領期、A級戦犯容疑者として巣鴨プリズンに収監されながらも不起訴で釈放された正力は、公職追放解除後の1950年代初頭、東西冷戦の激化を背景に対日心理工作を進めていた米国当局と接触を深めました。
正力の狙いは「日本初の民間テレビ放送局の開設」と「超短波(VHF)通信網の整備」にありました。一方、米国の狙いは「反共プロパガンダの浸透」と「日本の親米化」。両者の利害が完全に一致した結果誕生したのが、1953年に開局した日本テレビ放送網です。正力は街頭テレビを主要駅や繁華街に無償設置し、力道山のプロレス中継や巨人戦のナイター中継を放映することで、民衆の目を一気にテレビへと引きつけました。
さらに正力は、政界進出後に初代の科学技術庁長官兼原子力委員会委員長に就任し、「原子力の平和利用」を強力に推進します。この一連の動きも、米国の対日原子力外交と緊密に連動していたことが公文書から立証されています。単なる米国のスパイ(傀儡)というよりも、「米国の国力と権力を利用して、自らのメディア・インフラ構想を実現させた冷徹なマキャベリスト」というのが、最新の歴史研究における客観的な評価です。