花巻そばとは?海苔が主役の理由と語源の真相・老舗名店を徹底解剖
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花巻そばを語る上で、インターネット上や旅行者の間で極めて頻繁に見受けられるのが「岩手県花巻市のご当地蕎麦なのか?」という誤認です。結論から申し上げますと、花巻そばと岩手県花巻市には歴史的・地理的な関連性は一切存在しません。
岩手県花巻市といえば、宮沢賢治が愛した街であり、盛岡市と並ぶ「岩手県花巻市わんこそば」の聖地として全国的に知られています。地名があまりに高名であるため、「花巻の蕎麦=岩手の郷土料理」と連想してしまう方が後を絶ちません。しかし、花巻そばの起源は江戸の町であり、名付けの親は当時の江戸っ子たちです。
花巻そばの誕生期とされるのは、江戸時代中期の安永年間(1772〜1781年)前後。当時の風俗資料である喜多村信節の随筆『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』や、蕎麦の専門書『蕎麦全書』などの記録を辿ると、この時代に江戸の蕎麦屋で「花巻」が流行し始めたことが記されています。
当時、現在の隅田川河口周辺で養殖・加工技術が確立した「浅草海苔」は、江戸を代表する高級名産品でした。抄紙(かみすき)の技術を取り入れて四角く乾燥させた板海苔が普及したことで、炙った海苔の芳醇なアロマが出汁の熱湯気と劇的な相乗効果を生み出すことが発見されたのです。地方都市の地名ではなく、江戸前湾岸の特産品であった「浅草海苔」の文化的誇りこそが、花巻の語源の核心にあります。