ろうあ者とは?ろう者との違いや使われなくなった歴史の真相
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「ろうあ者」という呼び方が社会的に使われなくなった最大の理由は、「唖(あ)」という漢字そのものが持つ侮蔑的な歴史と、当事者に対する偏見の払拭にあります。
古来、日本語において「唖(おし)」という言葉は、話せない人を劣等な存在として見下す差別用語として用いられてきた負の歴史があります。「言葉を話せない=知能が劣っている、思考ができない」という誤った社会的偏見を助長する構造があり、当事者にとっては尊厳を傷つけられる痛烈な響きを含んでいました。
呼称の変化を決定づけた学術的・社会的な転換点が、1997年に木村晴美氏と市田泰弘氏が雑誌『現代思想』に発表した「ろう文化宣言」です。この宣言において、彼らは次のように力強く提示しました。
『ろう者とは、日本手話という、日本語と異なる言語を話す、言語的少数者である』
それまで社会一般や医学界は、聞こえない人々を「聴覚に欠陥を抱えた治癒・補償すべき対象」(医学モデル)として捉えていました。しかしろう文化宣言は、ろう者を「欠陥を持った障害者」ではなく、「独自の豊かな言語(手話)と文化を持つエスニック・マイノリティ」(文化モデル)として再定義したのです。手話という完全な言語で豊かな対話と論理的思考を行っている以上、「唖(話せない)」というラベリングは明白な誤謬であり、医学モデルの押し付けに過ぎないというコンセンサスが形成されていきました。
では、なぜ国内最大の当事者団体は現在も「一般財団法人全日本ろうあ連盟」という名称を掲げ続けているのでしょうか。連盟関係者の言及や歴史的資料によると、同連盟が結成された1947年(昭和22年)当時、聴覚障害者の法的権利は極めて脆弱であり、民法第11条で「聾唖者及ヒ盲者ハ準禁治産者トス」と規定され、財産管理の権利すら制限されていました。そうした過酷な差別と闘い、参政権や運転免許取得、手話通訳制度を勝ち取ってきた誇り高き団体の歴史とアイデンティティの象徴として、あえて歴史的名称を現在も継承しているという崇高な背景があります。