大正時代は何年間続いた?わずか15年の真相と明治昭和との決定打
大正時代は何年間続いた?わずか15年の真相と明治昭和との決定打について重要なポイントを解説いたします。最新の情報をお届けします。
大正時代が短命に終わった物理的かつ絶対的な理由は、第123代天皇である大正天皇(嘉仁親王)が満47歳という若さで崩御されたことに尽きます。政変やクーデター、国家の滅亡によって時代が途絶えたわけではありません。
なぜ大正天皇はこれほど若くして世を去らねばならなかったのか。歴史資料や侍医団の公式記録を紐解くと、幼少期からの宿痾と、激務による心身の疲弊という過酷な現実が浮き彫りになります。
嘉仁親王は1879年(明治12年)、明治天皇と側室・柳原愛子の間に生まれました。生後3週間で重い脳膜炎を発症。一時は生命すら危ぶまれ、奇跡的に一命を取り留めたものの、発育の遅れや神経系の脆弱性といった後遺症が生涯にわたってつきまとうことになります。
青年期の皇太子時代は健康作りに励まれ、乗馬を愛し、全国各地を行啓(ぎょうけい)して民衆と気さくに交流されるなど活発な姿を見せていました。しかし、1912年に32歳で即位して以降、立憲君主としての膨大な決裁書類、連日の公式儀礼、さらには第一次世界大戦の勃発に伴う政務の重圧がのしかかります。生来虚弱であった身体は次第に蝕まれ、即位から数年で脳疾患の再発や歩行障害、言語障害が悪化していきました。
1921年(大正10年)、大正天皇の健康状態は国務を執り行うことが極めて困難な水準に達したと判断され、若干20歳であった皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)が「摂政(せっしょう)」に就任します。実質的に大正天皇が親政を行えたのは、15年間のうち最初の9年間ほどでした。その後、葉山御用邸などで静養を続けられましたが、1926年12月25日午前1時25分、心臓麻痺により崩御されました。この瞬間に大正時代は完結し、昭和の幕が開いたのです。