高津臣吾の野球哲学と采配の全貌|名球会の軌跡から息子の真相まで徹底解剖
高津臣吾の野球哲学と采配の全貌|名球会の軌跡から息子の真相まで徹底解剖に関する主要なデータを丁寧に解説いたします。
高津臣吾氏を語る上で欠かせないのが、NPB歴代屈指のクローザーとしての実績です。1990年のドラフト3位でヤクルトに入団以降、故・野村克也監督のもとで抑え投手に抜擢され、不動の守護神へと成長しました。NPB通算286セーブを積み上げ、シカゴ・ホワイトソックスをはじめとするMLBでも27セーブを記録。日米通算300セーブの金字塔を打ち立て、名球会入りを果たしています。
打者を幻惑した「高津シンカー」の投げ方と握りの極意
高津投手の最大の武器は、直球の球速が130km/h台後半から140km/h前後でありながら、メジャーの強打者をもきりきり舞いさせた「遅いシンカー」です。その投げ方とメカニズムには、徹底した投球フォームの偽装と繊細な指先感覚が隠されていました。
人差し指と中指の幅を大きく広げず、中指と薬指の間にボールを挟み込むような独自のグリップを採用。サイドスローから直球と寸分違わぬフルスイングの腕の振りでリリースし、抜く瞬間に手のひらを外側へ返すことで、初速と終速のギャップが極めて大きいブレーキの利いた沈み込みを生み出しました。打者は直球のタイミングで踏み込むため、ボールが手元に来る前に体勢を崩され、空振りや内野ゴロを量産することになったのです。