Pl学園と宗教団体の全貌|名門凋落の真相と教団の現在を徹底追跡
Pl学園と宗教団体の全貌|名門凋落の真相と教団の現在を徹底追跡の基本情報から最新動向までをわかりやすく整理しました。
高校野球ファンなら誰もが知るPL学園ですが、その設立母体である「パーフェクトリバティー教団」の成り立ちについて正確に把握している人は多くありません。教団のルーツは大正時代に御木徳一(みき・とくいち)が開いた「ひとのみち教団」に遡ります。戦時中の宗教弾圧によって一度は解散を余儀なくされましたが、戦後の1946年、息子の2代目教祖・御木徳近(みき・とくちか)によって佐賀県鳥栖市で再興され、後に大阪府富田林市に広大な大本庁を構えました。
教団の看板となっているのが、処世訓21ヶ条の第1条に掲げられた「人生は芸術である」という教義です。神から授かった個性を最大限に発揮し、自己表現を行うことこそが人生の真義であると説きます。この「自己表現の追究」という思想が、学園のスポーツ活動や芸術表現に注ぎ込まれ、圧倒的な強さを誇る野球部やバトントワリング部、さらには世界最大規模を誇った花火大会へと昇華されていきました。
教団本部は単なる宗教施設にとどまらず、最盛期にはゴルフ場、病院、短大、幼稚園から高校までを備えた巨大な宗教都市を形成していました。敷地内にそびえ立つ白亜の巨塔「大平和祈念塔(通称:PLタワー)」は高さ180メートルに達し、南河内のランドマークとして現在も異彩を放っています。しかし、強固に見えたこの宗教都市も、カリスマ指導者の死去と時代の変化とともに、急速にその維持が困難になっていきました。