演出家・蜷川幸雄が遺した伝説の真実と演劇界の現在地

話題沸騰中の 演出家・蜷川幸雄が遺した伝説の真実と演劇界の現在地について、主要な情報を分かりやすく掲載しています。

名実ともに日本を代表する演出家・蜷川幸雄は、1935年に埼玉県川口市で生まれました。もともとは画家を志して東京藝術大学を受験するも失敗し、劇団青俳に入団して俳優としてキャリアをスタートさせました。しかし、自らの演技の限界を痛感した彼は1969年、劇団現代人劇場を結成して演出家に転身します。アンダーグラウンド演劇の旗手として頭角を現したのち、1970年代中盤からは東宝などの商業演劇にも進出。アングラ精神と巨大なエンターテインメントの融合という、前例のない地平を切り拓きました。

数ある蜷川幸雄 演出作品の中でも金字塔として語り継がれるのが、1978年初演の『王女メディア』や、寺山修司が遺した戯曲を劇的に昇華させた身毒丸 蜷川幸雄演出版です。さらに、ギリシャ悲劇や蜷川幸雄 シェイクスピアシリーズは、エディンバラ国際フェスティバルをはじめとする海外公演で「ニン・チルドレン」と呼ばれる熱狂的なファンを生み出し、英国王室からCBE(大英帝国勲章)を授与されるなど、名実ともに世界の巨匠としての地位を確立しました。

1998年からは彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督に就任し、シェイクスピアの全37戯曲を完全上演する「彩の国シェイクスピア・シリーズ」を牽引。同劇場は世界的な演劇の殿堂へと成長を遂げました。また、若手演劇人の育成拠点となった蜷川スタジオや、55歳以上の高齢者演劇集団「さいたまゴールド・シアター」、若手による「さいたまネクスト・シアター」の創設など、劇場の枠組みそのものを拡張し続けた功績は計り知れません。

渡辺 美咲

渡辺 美咲

ガジェット&アプライアンスライター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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