『コクリコ坂から』舞台の横浜を歩く!聖地巡礼とモデルの真相

『コクリコ坂から』舞台の横浜を歩く!聖地巡礼とモデルの真相の詳細解説をお届けします。役立つ情報が満載です。

ファンの間で長年議論が交わされてきた最大の謎が、下宿屋「コクリコ荘」と学生会館「カルチェラタン」のモデルとなった建物の所在地です。公式記録や宮崎吾朗監督インタビューの言及を精査すると、驚くべき創作の裏舞台が見えてきます。

まず、主人公たちが暮らすコクリコ荘モデル場所について、制作陣は特定の1棟を完全模写したわけではないことを明かしています。もっとも有力な視覚的原型のひとつとして知られるのが、かつて山手町に存在した赤十字の病院施設や、根岸にあった旧柳下邸などの近代建築です。さらに、現在も山手エリアに点在する横浜市中区山手洋館(エリスマン邸やベーリック・ホール、外交官の家など)の意匠が随所に散りばめられており、複数の建築意匠をマッシュアップして生まれたのがあの木造洋館です。

一方、男子生徒たちの熱気が充満するカルチェラタンモデル建物も、単一の建物ではありません。明治・大正期に建てられた旧制高等学校の木造校舎の面影を残しつつ、内装の立体的な吹き抜け構造には、明治期の洋風学校建築や旧制第一高等学校などの意匠が色濃く反映されています。スタジオジブリの公式展示や当時の美術スタッフの証言によれば、乱雑に積まれた古書やガリ版印刷のインクの匂いまで想起させるあの空間は、古き良き学問と自由への憧憬を詰め込んだ「理想の木造建築」として構築されたものです。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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