京都・碧雲荘庭園の一般公開はある?幻の名園の現在と非公開の真相
京都・碧雲荘庭園の一般公開はある?幻の名園の現在と非公開の真相について徹底解説いたします。最新の情報をお届けします。
碧雲荘の庭園を語る上で欠かせないのが、施主・野村得庵(野村徳七)と、作庭家・七代目小川治兵衛(通称・植治)という2人の天才の邂逅です。
野村證券などを傘下に収める野村財閥を一代で築いた得庵は、単なる実業家にとどまらず、茶の湯や能楽に深く傾倒した当代屈指の数寄者でした。大正期から昭和初期にかけて約11年もの歳月を費やして造営された碧雲荘には、得庵自身の類まれな審美眼が細部にまで反映されています。
一方、作庭を手がけた植治は、明治から大正にかけて京都の庭園史を刷新したパイオニアです。それまでの枯山水や様式美にとらわれた江戸期の庭園から脱却し、自然の躍動感をそのまま庭に取り込む近代日本庭園のスタイルを確立しました。得庵の妥協なき情熱と、植治の卓越した自然描写技術が融合したことで、碧雲荘は近代日本庭園の金字塔と評されるに至ったのです。