月亭方正の昔が超絶イケメン?ガキ使から落語家転身の真相を徹底追跡
月亭方正の昔が超絶イケメン?ガキ使から落語家転身の真相を徹底追跡について押さえておきたい 理由を厳選して解説いたします。
しかし、アイドル的人気は長くは続きませんでした。1993年に相方の軌保氏が映画制作への夢を追うためにコンビを解散。ここから山崎邦正はピン芸人としての道を余儀なくされます。後ろ盾のない東京の荒波の中で彼を抜擢したのが、日本テレビ系『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』でした。
松本人志や浜田雅功という絶対的なカリスマの前に放り込まれた彼は、当初こそスマートに立ち回ろうとしたものの、圧倒的なお笑いスキルの差に打ちのめされます。そこで生まれたのが、計算されたスマートさではなく、追い詰められた人間の本性をさらけ出す「スベリ芸」と「ヘタレキャラ」でした。
当時のバラエティ番組において、「カッコつける若手芸人」は格好のイジられ対象でした。ダウンタウンの2人は、彼が持つ「プライドの高さ」と「小心者ゆえの取り乱し」を瞬時に見抜き、舞台上で徹底的に剥ぎ取っていきました。赤っ恥をかき、涙目になりながら喚き散らす姿は、それまでの美男子イメージを木っ端微塵に粉砕しましたが、同時にお茶の間に「放っておけない愛されキャラ」としての認知を爆発的に広げたのです。
その極致が、2007年の『絶対に笑ってはいけない病院24時』から恒例となったプロレスラー・蝶野正洋による「理不尽なビンタ」です。何一つ悪くないにもかかわらず、巧妙な誘導と濡れ衣によって最終的に必ず蝶野の前に引きずり出され、「ガッデム!」の怒号とともに強烈なビンタを叩き込まれる――。怯え、言い訳をし、裏切りを試みては失敗する一連のリアクションは、日本の大晦日を象徴する究極の様式美となりました。
自らの美貌をかなぐり捨て、ピエロを演じ切ることで手に入れた唯一無二のポジション。しかしその裏で、彼自身の心の中には静かに、しかし決定的な空虚感が広がり始めていたのです。