生類憐れみの令は天下の悪法か名法か?蚊で死刑の嘘と綱吉の真実
生類憐れみの令は天下の悪法か名法か?蚊で死刑の嘘と綱吉の真実の疑問点について、分かりやすい解説を取りまとめてご紹介します。
Q1:なぜ犬ばかりが極端に優遇されたのですか?
A1:当時、江戸市中には狂犬病の野犬や飼い主のいない野良犬が大量に徘徊しており、人間(特に子供)を襲う事故が頻発していました。犬の登録制度や保護を進めたのは、野犬被害を防ぎつつ命を守るための現実的な治安対策でもありました。綱吉が戌年生まれだったことも一因とされますが、犬以外の牛馬や鳥類、人間も同等に保護対象とされていました。
Q2:蚊やハエを殺して死刑になった人がいたというのは本当ですか?
A2:完全な虚構(作り話)です。当時の公的な裁判記録『御仕置例類集』などを確認しても、蚊や昆虫を殺して罰せられた記録は一切存在しません。綱吉の死後、政策に反発していた武士階級や後世の戯作者が面白おかしく誇張して広めた風評被害です。
Q3:徳川綱吉が亡くなった後、生類憐れみの令はどうなったのですか?
A3:綱吉の遺言では「この法は100年後も守るように」と言い残されていましたが、第6代将軍・徳川家宣と側近の新井白石により、綱吉の死後わずか十数日で犬の登録制度や中野犬小屋などの極端な規制は即座に廃止されました。ただし、捨て子の禁止や行き倒れ人の保護といった人道的な福祉規定は、形を変えてその後の江戸幕府の基本方針として継承されました。