秩父鉄道荒川橋梁の絶景!Sl通過時間と親鼻鉄橋の穴場撮影地【完全版】

秩父鉄道荒川橋梁の絶景!Sl通過時間と親鼻鉄橋の穴場撮影地【完全版】の全貌を分かりやすくまとめてご紹介します。

荒川橋梁は単なる鉄道撮影の名所にとどまりません。日本の近代化を支えた産業土木の傑作として、2014年には完成100年を記念して「土木学会選奨土木遺産」に認定されています。その誕生の背景には、秩父の特異な地質と技術者たちの壮絶な戦いがありました。

ジオパーク秩父の学術資料によると、秩父鉄道が長瀞(当時は宝登山駅)から秩父方面への延伸工事を進めていた1910年代初頭、当初は荒川の左岸(西側)沿いに線路を敷設する計画でした。しかし、上長瀞駅から先の荒川左岸一帯は脆く崩れやすい「蛇紋岩(じゃもんがん)」の軟弱地盤が広がる地質構造であり、大規模な崩落の危険性からルート変更を余儀なくされました。

鉄道省および当時の上武鉄道(現在の秩父鉄道)の技師たちは苦渋の決断として、あえて難工事が予想される荒川本流を鉄橋で渡り、地盤が強固な右岸へと迂回する線形を選択しました。1913年(大正2年)8月に着工し、汽車製造がトラス桁を製作、上武鉄道が架設工事を担当。翌1914年(大正3年)10月に竣工し、同月27日に開通を迎えました。

橋脚の基礎部には、当時の職人が一つひとつ積み上げた精緻なイギリス積みの赤レンガが用いられています。荒川の激流と100年を超える風雪に耐え抜き、大正、昭和、平成、令和の4つの時代を駆け抜ける貨物列車や観光列車の荷重を支え続けてきた構造美は、我が国の近代鉄道史を物語るかけがえのない生きた文化財です。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。

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