焼魚食堂魚角東十条店の閉店理由は?跡地と現在の実態を徹底解剖

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ネット上の掲示板やSNSでは、東十条店の閉店に際して「味が急激に落ちたから客が離れた」「衛生面に問題があったのではないか」といった根拠のない憶測が一部で散見されます。しかし、現場の衛生記録や当時の実情を調査する限り、それらは明らかな誤解です。

最大の盲点は、東十条店単体の問題ではなく、「魚角」というブランド全体の戦略的縮小にあります。

かつて魚角は、学芸大学や三軒茶屋、祖師ヶ谷大蔵など都内の好立地私鉄沿線を中心に積極的な展開を行っていました。しかし、全国の焼魚食堂魚角の店舗一覧を時系列で辿ると、東十条店の閉店と前後して他のロードサイドや駅前店舗も順次閉店、あるいはグループ内の他業態へ転換されていることが確認できます。

つまり、東十条店が地域に見捨てられたのではなく、親会社であるコロワイドグループのグローバルおよび国内戦略において、より高い営業利益率を叩き出せる焼肉業態や寿司業態、大型居酒屋業態へ経営資源を集中させるスクラップ&ビルドの波に飲み込まれたというのが業界内の定説です。

また、東十条という街特有の「飲食店の生態系」も見落とせません。東十条駅周辺は、昔ながらの個人経営の大衆食堂や町中華、リーズナブルな大衆酒場がひしめく激戦区です。地元住民の舌は肥えており、価格に対するシビアさも都内屈指です。チェーン店でありながら本格派を目指した魚角は、個人店の情緒と大手牛丼チェーンの圧倒的スピードの間で、ポジショニングの維持に苦心していた側面も否めません。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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