工藤公康の若い頃がイケメンすぎた!西武黄金期と球速の衝撃真相
工藤公康の若い頃がイケメンすぎた!西武黄金期と球速の衝撃真相の要点や背景をコンパクトにまとめました。全体像を一目で把握できます。
若き日の工藤投手を語る上で欠かせないのが、躍動感あふれる投球フォームから繰り出される豪速球と、打者が腰を引くほどのドロップカーブです。スピードガンの数値が現代ほど出にくかった1980年代当時、コンスタントに145km/h台後半から148km/hを叩き出すサウスポーは極めて稀有な存在でした。
さらに打者を絶望させたのが、回転軸の整った鋭角なカーブです。捕手のサイン通りに投じられたボールは、打者の目線から急激に足元へと落ち、並み居る強打者たちがことごとく空振りを喫しました。「手元でボールが消える」と証言した打者は数知れません。直球とカーブという実質2種類の球種だけでパ・リーグの猛者たちをねじ伏せていた事実は、現代の配球理論から見ても驚愕に値します。
通算奪三振数は2859個を数え、シーズン奪三振王に2度輝くなど、奪三振率の高さも突出していました。数字の積み重ねだけでなく、「ここ一番で絶対に打たれない」絶対的エースとしての威圧感が、黄金期西武の常勝カルチャーを築き上げたのです。