指圧の心は母心の真実|浪越徳治郎の名言の続きと効果を徹底解明
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名言誕生の背景には、大正初期の過酷を極めた開拓生活がありました。1905年(明治38年)に香川県多度津町で生まれた徳治郎は、7歳の時に一家で北海道の留寿都(るすつ)村へと移住します。しかし、入植直後の過酷な気候と重労働がたたり、母・マサが全身の多発性関節リウマチを発症してしまいます。
医者も薬もない開拓地の山奥で、痛みに苦しむ母を前に徳治郎少年ができることは、母の訴える痛む箇所を小さな手でさすり、指先で押すことだけでした。毎晩必死に母の体に触れ続ける中で、徳治郎は「手掌で撫でるよりも、親指で垂直に一定の力で圧迫を加えるほうが痛みが和らぐ」という法則を感覚的に発見します。
やがて母の病状は奇跡的な回復を見せ、徳治郎の手は近隣の開拓民たちの不調をも次々と癒やすようになりました。「母を救いたい」という純粋な祈りから生まれた触覚の探求が、のちに体系化される浪越指圧療法の確固たる礎となったのです。