松本明子四文字事件の真相!生放送事故の全貌と謹慎から奇跡の復活
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日本中を震撼させた放送事故が発生したのは、1984年4月10日深夜のことでした。現場はニッポン放送の人気深夜番組の特別編成枠。当時17歳、清純派アイドルとしてデビューして2年目を迎えていた松本明子さんは、笑福亭鶴光さんと片岡鶴太郎さんがパーソナリティを務める生放送スタジオにゲスト出演していました。
当時の松本明子のアイドル時代の経歴を振り返ると、1982年に日本テレビのオーディション番組『スター誕生!』で第44回グランドチャンピオンに輝き、翌1983年に鳴り物入りで歌手デビューを果たした正統派でした。しかし、同期には桑田靖子さん、岩井小百合さん、森尾由美さん、いとうまい子さん、大沢逸美さんなど実力派がひしめく「不作の83年組」と呼ばれ、レコードセールスは極度の伸び悩みに直面していたのです。
生放送中のスタジオでは、深夜ラジオ特有の過激なトークがヒートアップしていました。番組内で松本明子さんの新曲をオンエアする条件として、パーソナリティ側から「当時の好きな男の名前を言え」と激しい揺さぶりがかかります。頑なに口を割らない松本さんに対し、鶴光さんと鶴太郎さんが「じゃあ、この言葉を叫んだら曲をかけてやる」と紙に書いた言葉を提示したとされています。
地方出身で世間知らずだった彼女は、その四文字が何を意味するのか全く理解していませんでした。「四文字を言えば自分の曲が全国に流れる」「先輩たちの言う通りにすれば番組が盛り上がる」と信じ切った松本さんは、深夜の生放送マイクに向かって、女性器を直接意味する放送禁止用語の四文字を大声で連呼してしまったのです。
発言の瞬間、スタジオのサブ(副調整室)は凍りつき、ディレクターが慌ててフェーダーを下げたものの、音声は全国へ送信された後でした。ディレクターが頭を抱えて崩れ落ち、ブースの外にいたマネージャーが真っ青な顔で立ちすくむ光景を目の当たりにして、彼女は初めて事の重大さに気づき、その場で激しく震え上がったと後に自著やテレビインタビューで述懐しています。