マッカーサーの正体|昭和天皇会見の裏側と電撃解任の真相を追う
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マッカーサー率いる連合国軍最高司令官総司令部は、日比谷の第一生命館に拠点を置き、日本の徹底的な非軍事化と民主化を電光石火のスピードで進めました。その改革の規模と深度は、世界史上でも類を見ないほど急進的かつ網羅的なものでした。
改革の根幹を成したのが、1946年2月にGHQ民政局がわずか1週間余りで書き上げた「マッカーサー草案」に基づく日本国憲法の制定です。幣原喜重郎内閣が提出した保守的な改憲案(松本案)をマッカーサーは即座に拒絶し、主権在民、平和主義(戦争放棄と戦力の不保持)、基本的人権の尊重を盛り込んだ独自草案の受け入れを迫りました。この草案は、女性の権利向上を草案作成に携わったベアテ・シロタ・ゴードンの熱意によって盛り込むなど、当時の欧米諸国と比較しても先進的な内容を備えていました。
加えて、戦前日本の軍国主義を支えた経済構造の解体として、農地改革と財閥解体が強行されました。農地改革では不在地主の土地を国家が強制的に買い上げ、小作農へ安価で売り渡したことで、農村における階層格差を劇的に縮小させました。また、三井、三菱、住友、安田をはじめとする財閥を解体し、株式を広く一般に公開することで市場競争の基盤を創出したのです。