ルパン三世の原点|モンキー・パンチの軌跡とアニメにない原作の凄み

ルパン三世の原点|モンキー・パンチの軌跡とアニメにない原作の凄みに関する深掘り解説を分かりやすく解説いたします。

日本の漫画表現を根底から覆すことになったルパン三世の誕生秘話には、従来の少年漫画には存在しなかった明確なバックボーンが存在します。1960年代中盤の日本マンガ界は、手塚治虫氏に代表されるストーリー漫画の文法と、白土三平氏らが牽引する劇画ブームの二大潮流に二分されていました。そのどちらにも属さない、第三の極として立ち現れたのがモンキー・パンチ氏の描線でした。

氏が最も強い影響を受けたのは、アメリカの著名な風刺雑誌『MAD』の看板イラストレーターであったモルティマー・ドラッカーの洒脱なペンタッチと、セルジオ・アラゴネスのナンセンスギャグでした。日本の従来のコマ割りやベタフラッシュによる感情表現ではなく、細いフェザーペンによる陰影表現、無駄を削ぎ落としたキャラクターの骨格、そして洋画のワンシーンを思わせるカメラアングルを取り入れたのです。

ルパン三世の連載開始の経緯は、1967年8月10日に双葉社が日本初の本格的な青年コミック誌として創刊した『週刊漫画アクション』の目玉企画として要請されたことでした。大人向けの漫画誌を立ち上げるにあたり、編集サイドから課されたテーマは「これまでにない大人のサスペンスとアクション」。モンキー・パンチ氏はフランスの作家モーリス・ルブランが描いた『怪盗ルパン』の孫という奇想天外な設定を考案し、オードリー・ヘプバーン主演の映画『シャレード』や、フランク・シナトラ主演の犯罪映画『オーシャンと十一人の仲間』のエッセンスを貪欲に注入しました。当時20代だった若き鬼才の手によって、日本初の大人のためのハードボイルド・コミックが産声を上げた瞬間でした。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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