水谷豊の娘・趣里の現在|二世の重圧と挫折を超えた実力派の軌跡
水谷豊の娘・趣里の現在|二世の重圧と挫折を超えた実力派の軌跡に関する深掘り解説を分かりやすく解説いたします。
趣里のキャリアを語る上で欠かせない最大のターニングポイントが、十代で経験した過酷な負傷劇です。小学校・中学校を通じてバレエの才能を開花させた彼女は、都内のインターナショナルスクールへ進学後、15歳で単身イギリスへバレエ留学を果たしました。目指したのはプロのプリマバレリーナという過酷な頂です。
異国の地で厳しい研鑽を積み、将来を嘱望されていた矢先の17歳、彼女の身体を突如として悲劇が襲いました。レッスン中に発生した足首の剥離骨折とアキレス腱の重傷です。緊急手術と長期のリハビリテーションを経たものの、主治医から告げられた現実は「以前のように跳び、踊ることは医学的に極めて困難である」という残酷な宣告でした。幼少期からのアイデンティティそのものであったバレエを失い、失意のどん底で日本への帰国を余儀なくされます。
夢を完全に断たれた趣里は、高卒認定試験に合格して大学へ進学したものの、心の中にぽっかりと空いた巨大な喪失感を埋めることはできませんでした。そんな彼女を見守っていた両親は、無理に励ますことも、自分たちの芸能人脈を使って芸能界へ引っ張り込むこともしませんでした。ただ本人の回復を静かに待ち続けたといいます。
転機となったのは、故・塩屋俊が主宰する俳優養成機関「アクターズクリニック」のレッスンを見学したことでした。そこで彼女は、感情を身体全体で表現する「演技」という新たな光を見出します。「踊れなくなった自分でも、言葉と心を使って表現することは許されるのではないか」。2011年、21歳のときにドラマ『3年B組金八先生ファイナル』のオーディションに自力で合格し、生徒役として俳優デビューを飾りました。