日本唯一のカタカナ市「コザ」はなぜ消えた?沖縄市の歴史と現在の真相

日本唯一のカタカナ市「コザ」はなぜ消えた?沖縄市の歴史と現在の真相の重要なポイントについて、分かりやすい解説を取りまとめてご紹介します。

日本国内において、市名がすべてカタカナ表記の自治体は歴史上、1956年から1974年まで存在した「コザ市」ただひとつです。南アルプス市(山梨県)のような一部カタカナの市は存在しますが、全編カタカナの市名は極めて異例の存在でした。

コザ市の前身は、琉球王国時代からの歴史を持つ「越来村(ごえくそん)」です。太平洋戦争末期の沖縄戦後、米軍がこの地域に広大な基地(現・嘉手納飛行場など)を建設し、住民収容所や補給基地を設営しました。その際、米軍が越来村の中心地であった「胡屋(こや)」地区を英語表記する際、「Koya」を「Koza」と誤読・誤記したことが、コザという呼称の始まりとする説が定説となっています(米軍の暗号コードネームに由来するという異説も存在します)。

基地の門前町として急速に人口が集中し商業地化した越来村は、住民の間でも定着した通称を受け入れ、1956年7月1日に「コザ村」へ改称。そのわずか5か月後の1956年11月1日に市制施行し「コザ市」が誕生しました。米軍基地経済と直結した商業都市としてのアイデンティティを鮮明に打ち出した決断でした。

では、なぜそのコザ市は消えたのか。最大の理由は、1972年の本土復帰を経て行われた1974年4月1日の「美里村(みさとそん)」との対等合併です。当時、商業都市として発展したコザ市と、広大な農業用地や住宅適地を有していた美里村の合併は、中部地域の中核都市を形成するための悲願でした。新市名を策定する際、両自治体の対等な立場を尊重すること、そして将来的に沖縄本島中部のリーダー都市を目指すという強い意志から「沖縄市」が選定され、公称としての「コザ市」はその18年の歴史に幕を下ろしました。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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