天気の子の聖地・代々木会館の現在|解体理由と屋上鳥居の真実を追う

話題沸騰中の 天気の子の聖地・代々木会館の現在|解体理由と屋上鳥居の真実を追うについて、多角的な視点をご紹介しています。

『天気の子』の聖地として世界的な知名度を得た代々木会館ですが、建築史やサブカルチャーの文脈においても極めて重要な建造物でした。ここで改めて代々木会館の歴史を振り返ります。

代々木会館が竣工したのは、東京オリンピック前年の1963年(昭和38年)のことです。地上8階・地下1階の複合ビルとして誕生し、当時はパチンコ店、居酒屋、サウナ、書店、オフィスなどが入居する最先端の商業拠点でした。しかし、高度経済成長期の熱気が去るとともに建物の老朽化が進み、複雑な権利関係も重なって大規模な改修が行われないまま年月が経過します。その迷宮のような構造と雑多な佇まいから、いつしか「代々木の九龍城」と呼ばれるようになりました。

昭和のテレビカルチャーにおいても、代々木会館は伝説の地です。1974年から1975年にかけて放映され、萩原健一さんと水谷豊さんが出演した不朽の名作ドラマ『傷だらけの天使』のロケ地として使用されました。主人公の木暮修たちが暮らす屋上のペントハウス(プレハブ小屋)こそが、まさに代々木会館の屋上だったのです。

昭和の名作ドラマでアウトローの象徴となり、平成の終わりから令和の始まりにかけては新海誠監督の手によって少年少女の逃避行と祈りの場となった代々木会館。半世紀以上にわたり、時代の周縁に生きる人々の拠り所としてスクリーンに刻まれ続けた稀有なビルでした。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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