平安貴族の食卓は病の温床?白米偏重と塩分過多が招いた不健康の真相
平安貴族の食卓は病の温床?白米偏重と塩分過多が招いた不健康の真相とはどんな影響があるのか? 詳しい意味を整理してお届けします。
1日2食という制度上の制約は、夜間の活動を好む貴族たちに激しい空腹をもたらしました。その結果発達したのが、遣唐使によってもたらされた平安時代の唐菓子とスイーツの文化です。
唐菓子(からくだもの)とは、米粉や小麦粉を練り、果物の形にかたどって胡麻油などで揚げた高カロリーな揚げ菓子(伏兎・餢飌・八種唐菓子など)を指します。当時の油は極めて貴重品であり、これをふんだんに使った菓子を口にできること自体が特権階級の証でした。
さらに、砂糖が極めて希少な薬品扱いだった時代、貴族たちを虜にしたのがツタ科の植物の樹液を煮詰めて作る「甘葛(あまづら)」です。清少納言の『枕草子』にも「削り氷(削った氷)に甘葛入れて」と雅に描写されていますが、甘味への渇望は現代の精製糖中毒と何ら変わりません。また、牛乳を煮詰めて濃縮した古代のチーズ「蘇(そ)」や「酪(らく)」も貴族の間で珍重され、滋養強壮薬として大量に消費されました。
薄暗い寝殿造りの邸宅内でほとんど歩行せず、牛車に揺られて移動し、夜更けに油菓子や甘葛をかけた果物をつまみながら酒を酌み交わす——。こうした生活スタイルは、内臓脂肪を蓄積させ、インスリン抵抗性を悪化させる完璧な環境を作り出していたのです。