田原総一朗の前妻と家族の真実|壮絶な闘病と娘たちの現在を徹底追跡
田原総一朗の前妻と家族の真実|壮絶な闘病と娘たちの現在を徹底追跡に関する深掘り解説を分かりやすく解説いたします。
田原総一朗氏が岩波映画製作所から東京12チャンネル(現・テレビ東京)へ移籍し、過激なドキュメンタリー作家として名を馳せていた昭和の激動期、その家庭を支えていたのが最初の妻である末利子(まりこ)さんでした。学生時代からの交際を経て結婚した2人は、2人の娘に恵まれ、決して裕福とは言えない下積み時代を二人三脚で乗り越えてきました。
しかし、田原氏がフリージャーナリストとして頭角を現し始めた1980年代初頭、突如として悲劇が襲います。末利子さんに発覚したのが進行性の乳がんでした。発見時にはすでに病状が進んでおり、骨などへの多発転移を伴う過酷な状況だったと伝えられています。
当時、田原氏は仕事の合間を縫って病院へ通い詰め、民間療法から最先端の治療法まであらゆる手を尽くして看病に奔走しました。自著や過去のロングインタビューにおいて、田原氏は次のように振り返っています。
「仕事でどんなに怒鳴り合っていても、病室に入ると妻の細くなった手を握ることしかできなかった。ジャーナリストとして権力を追及することよりも、妻の命を救えない己の無力さに打ちのめされた」
懸命の治療と看病も虚しく、末利子さんは1983年8月、40代半ばという若さで息を引き取りました。この最愛の前妻との死別は、田原氏の人生観や「死生観」に決定的な影響を与えることになりました。