笠原将弘「賛否両論」人気の真相|予約困難の理由と口コミの現在地
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日本料理の世界といえば、かつては「一見さんお断り」や「時価」「緊迫感漂う静寂のカウンター」といった、高い金銭的・心理的ハードルが付きものでした。その硬直した常識に風穴を開けたのが、笠原将弘氏の経歴と独自の料理哲学です。
1972年、東京・武蔵小山で焼き鳥店「とり将」を営む実家に生まれた笠原氏は、高校卒業後に日本料理の最高峰である「正月屋吉兆」へ入門。9年間にわたる厳しい修行の日々を経て、伝統的な懐石・割烹の真髄を骨の髄まで叩き込まれました。しかし、父の他界に伴い二十代後半で実家の焼き鳥店を継ぐという運命の転換点を迎えます。高級料亭の粋を極めながらも、下町の庶民的な活気と客の温かさを同時に知る――この稀有なバックボーンこそが、のちの「賛否両論」を生み出す原動力となりました。
2004年、三十路を迎えた笠原氏は、30年の歴史に幕を下ろした実家の跡を継ぐ形で、恵比寿に自らの城「賛否両論」を創業しました。店名に込めた思いについて、笠原氏は数々の手記やインタビューで次のように語っています。
「万人に好かれようとする料理は無難で退廃的になる。賛成してくれる人もいれば、否定的な意見を持つ人がいてもいい。『賛否両論』があってこそ本物だ」
当時、客単価2万〜3万円が当たり前だった本格的な和食コースを、誰でも気軽に通える価格帯で提供する。この型破りなアプローチは既存の料理界にとっては挑発とも取れる試みでしたが、本物の味に飢えていた都会の若者や食通たちの心を瞬時に掴み取ることとなりました。