五輪出場の極秘裏話も!麻生太郎とスポーツの知られざる深い関係
五輪出場の極秘裏話も!麻生太郎とスポーツの知られざる深い関係の全貌を分かりやすくまとめてご紹介します。
麻生太郎氏のスポーツ経歴において、最大の白眉といえば、1976年のモントリオールオリンピック出場だ。種目はクレー射撃。スキート種目の日本代表として、厳しい国内予選を自らの実力だけで勝ち抜いた事実をご存じだろうか。
名門一族の御曹司という看板は、射撃場では一切通用しない。クレー射撃はコンマ数秒の判断と極限の集中力が試される過酷な世界だ。当時の練習量は桁外れだった。年間数万発におよぶ実弾を撃ち込み、肩のアザは消えることがなかったという。現地モントリオールでは、他の選手とまったく同じ選手村のベッドで寝起きし、政治家の面影を一切捨て去って銃を握り続けた。当時の代表チーム関係者が明かす。「麻生さんは自分の道具のメンテナンスを誰にも触らせず、深夜まで黙々と銃身を拭いていた。あの研ぎ澄まされた眼光は、完全にアスリートそのものだった」という。