東海村臨界事故・大内久さんの83日間|染色体破壊と医療の闘い
東海村臨界事故・大内久さんの83日間|染色体破壊と医療の闘いの詳細解説をご紹介します。専門的な知識が詰まっています。
沈殿槽の上部で漏斗を支えていた大内さんが浴びた中性子線およびガンマ線は、推定16〜20シーベルト(Gy相当量)以上に達しました。一般人の年間線量限度が1ミリシーベルト(0.001シーベルト)であり、人間がおよそ4シーベルトを全身に浴びると約半数が死亡することを考慮すると、生存の可能性が極めて低い破滅的な数値でした。
搬送直後の大内さんは、右手の一時的な赤みや嘔吐は見られたものの、自力で歩行し、医師と明確に受け答えをしていました。しかし、放射線医学総合研究所(放医研)で行われた骨髄細胞の検査結果は、医師たちを戦慄させました。
顕微鏡に映し出された大内さんの骨髄細胞の染色体は、23対46本あるはずの形を完全に失い、粉々に断片化してバラバラに散乱していたのです。染色体は人体の細胞分裂を司る遺伝情報の設計図です。それが破壊されたことは、「新しく細胞を作り出す能力が永遠に失われた」ことを意味していました。