どさん子ラーメン激減の真相!1200店舗からの衰退と2026年の逆襲

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「どさん子」の歩みは、日本の戦後外食産業の拡大史そのものです。そのルーツは、創業者の青木勝氏が1961年に東京都墨田区で開いた餃子屋台「新三郷」に遡ります。転機となったのは1965年、青木氏が北海道・札幌を訪れた際に出会った「札幌味噌ラーメン」の衝撃でした。

当時、東京をはじめ本州のラーメンといえば「醤油味のあっさり中華そば」が絶対的標準であり、味噌味のラーメンはほぼ未開拓の荒野でした。青木氏は「この濃厚な味は必ず全国で受け入れられる」と確信し、関東人の舌に合わせてニンニクや白ゴマを効かせた独自の味噌ダレを開発。1967年、墨田区両国に「どさん子ラーメン」第1号店をオープンさせました。

この第1号店は大ヒットを記録し、わずか数年で加盟希望者が殺到します。1970年にはすでに数百店舗規模に達し、1977年には国内外を含めて約1,200店舗という金字塔を打ち立てました。アメリカ・ニューヨークやヨーロッパへの海外進出も果たし、当時の新聞や経済誌では「外食産業の旗手」として連日持て囃されました。

しかし、前述のクオリティ低下と競合の台頭に加え、バブル崩壊後の消費低迷が直撃します。本部の経営体制は度重なる迷走を続け、資金繰りの悪化から経営母体の移管を余儀なくされました。かつての盟主は、1990年代半ばから2010年代にかけて、およそ四半世紀にわたる長い冬の時代を過ごすことになったのです。

渡辺 美咲

渡辺 美咲

ガジェット&アプライアンスライター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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