桐島聡の逃亡生活と最期の真相|偽名「内田洋」の半世紀と事件全貌
桐島聡の逃亡生活と最期の真相|偽名「内田洋」の半世紀と事件全貌の注目されている理由をコンパクトにまとめました。全体像を一目で把握できます。
東アジア反日武装戦線は、「狼」「大地の牙」「さそり」の3つの独立したグループで構成され、日本の近代産業を支える大手企業を「アジアへの経済侵略の元凶」と見なして爆破テロを繰り返しました。
1974年8月の「三菱重工ビル爆破事件」(死者8名、重軽傷者376名)をはじめとする連続企業爆破事件において、桐島聡が所属した「さそり」グループは主に以下の事件に関与したとされています。
- 1975年4月:オリエンタルラジエーター爆破事件(同社本社に手製時限爆弾を仕掛け爆破、重軽傷者を出した)
- 1975年4月〜5月:間組(現・安藤ハザマ)本社および作業所爆破事件
- 1975年5月:韓国産業経済研究所爆破事件
1975年5月19日、警視庁はグループの主要メンバーを一斉検挙。しかし、桐島聡は家宅捜索の手を逃れて逃走し、東京都内で現金を工面したのを最後に忽然と姿を消しました。共犯者の裁判が確定していないことや海外逃亡メンバーの存在により、刑事訴訟法上の公訴時効が停止されたまま、捜査は継続されていました。