伝統銘菓のし梅が異例の再燃!佐藤屋の革新と真の魅力を徹底検証

伝統銘菓のし梅が異例の再燃!佐藤屋の革新と真の魅力を徹底検証に関する深掘り解説を詳しく解説いたします。

のし梅の歴史を紐解くと、もともとは嗜好品ではなく、人々の健康を守るための「家庭薬」からスタートしたという意外な出自を持っています。

山形におけるのし梅の由来は、江戸時代初期に山形城主・最上義光に仕えた医師が中国の医書をヒントに開発した気つけ薬(胃腸薬)「梅膏(ばいこう)」にあります。梅の果肉を煮詰めて練り上げたこの保存食を、文政年間に佐藤屋の初代が寒天と砂糖を加えて食べやすく改良し、現在の短冊形に整えたのが菓子としてののし梅の始まりです。竹皮に挟んで乾燥させる独自の製法は、梅の酸から菓子を守りつつ、竹の清涼な香りを移す先人の知恵でした。

一方、東日本にはもう一つの巨大な系譜が存在します。それが茨城県水戸市ののし梅です。水戸藩第9代藩主・徳川斉昭公が偕楽園に梅を植え、非常時の保存食として梅干し作りを奨励したことから、水戸でも梅加工技術が発達しました。水戸銘菓としての地位を築いた亀印製菓(1892年創業)をはじめとする水戸ののし梅は、水戸産や国産の青梅を使用し、爽やかな酸味としっかりしたコシが特徴となっています。

山形の佐藤屋が完熟梅の芳醇な香りととろけるような口どけを極める一方で、水戸の亀印製菓は梅のキレのある酸味と端正な歯ごたえを追求しており、東西それぞれの地域文化を色濃く反映しています。

山崎 陸

山崎 陸

ガジェット&アプライアンスライター

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest