日比谷線脱線事故26年の真相|なぜ防げなかったのか?輪重抜けの全貌と教訓
日比谷線脱線事故26年の真相|なぜ防げなかったのか?輪重抜けの全貌と教訓についての最新情報を徹底解説します。
事故直後、メディアや世間の関心は「なぜ脱線したのか」という一点に集中しました。列車の脱線といえば、福知山線事故のような大幅な速度超過や、異物の挟み込み、あるいは保線工事の不備などが連想されがちです。しかし、運転データや現場検証の結果、営団03系の通過速度は制限速度(時速25キロメートル)を大幅に下回る時速約13キロメートルでした。ブレーキ操作にも異常はなく、レール上に障害物も存在しなかったのです。
現場検証と国土交通省(旧運輸省)事故調査検討会が導き出した事故の核心、それこそが「輪重抜け」に伴う乗り上がり脱線でした。
輪重(りんじゅう)とは、車輪が線路を真下に向かって押し付ける重量を指します。鉄道車両がカーブを曲がる際、車輪の外側に働く遠心力や横圧に対抗するため、この輪重が車輪をレールへしっかりと押し留める役割を果たします。ところが、さまざまな悪条件が奇跡的な確率で一箇所に集中した結果、右カーブの内側レール(右側車輪)の荷重が増加する一方で、外側レール(左側車輪)の輪重が極端に減少する現象が生じました。
調査報告書によると、事故発生時、脱線した車輪の輪重は通常時の数分の一から、瞬間的にゼロに近い数値にまで抜け落ちていたと推計されています。外側に押し出される力(横圧)に対して下へ押さえつける力(輪重)が激減したため、外側車輪のフランジ(車輪のつば)がレール頂部に接触し、そのままレールを駆け上がって乗り越えてしまったのです。
この乗り上がり脱線により、車内で静かに着席・立位していた乗客のうち、高校生や大学生を含む5名の尊い命が失われ、64名が重軽傷を負うという、地下鉄史上最悪規模の物的・人的被害をもたらす結果となりました。