中村錦之助の家系図総解剖|初代萬屋錦之介から中村隼人へ続く血脈
中村錦之助の家系図総解剖|初代萬屋錦之介から中村隼人へ続く血脈の注目されている理由を丁寧にまとめました。全体像を一目で把握できます。
歌舞伎の家系図を読み解く上で、多くのファンが最初に突き当たる疑問が「初代中村錦之助と現在の二代目はどういう血縁関係なのか」という点です。結論から述べると、二代目中村錦之助は初代の実子ではなく、初代の長兄である四代目中村時蔵の次男(=初代の甥)にあたります。
初代中村錦之助(のちの萬屋錦之介)は、三代目中村歌六の三男である三代目中村時蔵の四男として誕生しました。映画全盛期の東映時代劇において『宮本武蔵』『一心太助』などで一世を風靡し、戦後日本を代表する国民的映画スタアへと登りつめた伝説的人物です。初代は1972年にそれまでの屋号「播磨屋」から分派独立する形で自らのルーツにちなんだ「萬屋」を創設し、芸名も「萬屋錦之介」へと改めました。
これにより「中村錦之助」の名跡は長きにわたり空席となっていましたが、初代の没後10年を迎えた2007年4月の歌舞伎座公演において、甥である中村信二が「二代目中村錦之助」を襲名し、約35年ぶりに劇的な復活を果たしました。名跡の重圧を背負いながらも、二代目は実直な精進を重ね、初代の豪放磊落な華やかさとは一味異なる、端正で品格ある立役・脇役として独自の地位を築き上げています。