16文キックの真相|馬場の足は38Cmではない?誤解が生んだ昭和の伝説
16文キックの真相|馬場の足は38Cmではない?誤解が生んだ昭和の伝説とはどんな影響があるのか? 主要なファクトを整理してお届けします。
馬場の足の大きさは、エンターテインメントの武器であると同時に、日常生活における計り知れない苦悩の源でもありました。プロ野球の読売ジャイアンツに入団した10代の頃から、国内には彼の足に合う既製靴など一足も存在しなかったのです。
巨人軍時代、足に合うスパイクがないため、先輩選手から譲り受けた小さめのスパイクのつま先を切り落として無理やり履いていたという過酷な逸話は有名です。アメリカ遠征でようやく「自分の足が入る靴」に出会えたときの歓喜は、自著でも切々と綴られています。
プロレス転向後、リングシューズは常にアメリカの老舗メーカーに特注するか、熟練の職人に木型から作らせる完全オーダーメイドでした。1足あたりの製作コストは当時の貨幣価値で数十万円に達し、遠征先でもシューズの管理には細心の注意が払われていました。
全日本プロレスの巡業現場では、外国人レスラーたちとの間で数々の伝説が残されています。 スタン・ハンセンやブルーザー・ブロディといった2メートル級の暴走特急たちも、馬場の16文キックには格別の敬意を払っていました。ハンセンは後に次のように回想しています。
「ババの足裏はコンクリートの壁のようだった。全力で走ってあの靴底に激突すると、首の骨がきしむ音が聞こえた。彼が足を上げた瞬間、目の前が真っ暗になるんだ」
また、悪役として鳴らしたアブドーラ・ザ・ブッチャーは、16文キックを食らうと綺麗に後方へ1回転して倒れ込むという絶品のバンプ(受身)を披露しました。「馬場さんの足が一番綺麗に見える角度で倒れるのが一流の仕事だ」と関係者に語っていたとされ、馬場の16文は対戦相手のプロフェッショナリズムを引き出す触媒でもあったのです。