革マル派と中核派の決定的な違いとは?流血の歴史と組織の正体
革マル派と中核派の決定的な違いとは?流血の歴史と組織の正体の真相や最新動向に迫る! 専門的な視点で紐解きます。
両派の性質を決定づけたのは、それぞれの頂点に君臨したカリスマの性格と思想体系の差である。革マル派を率いたのは、視覚障害を持ちながら強固な哲学体系を構築した黒田寛一だった。黒田は「党組織の建設と防衛」を最優先とし、他党派を「反革命」と激しく罵倒しながら、自派の理論的純血主義に閉じこもる道を選んだ。彼らにとって街頭の暴力は組織を危険に晒す愚行であり、情報収集や内部浸透こそが闘争の主軸だった。
対照的に、中核派のリーダーであった本多延嘉は現場主義と行動力を信奉した。街頭での実力行使、火炎瓶や角材を用いた機動隊との正面衝突を躊躇せず、大衆を巻き込んだ武装蜂起を声高に叫んだ。黒田の冷徹な思弁性と、本多の煽動的な突進力。この指導者の気質の違いが、組織の体質を決定的に分かつ分岐点となった。