なぜ15個供える?月見団子の由来と東西の違いを徹底解剖【2026】
なぜ15個供える?月見団子の由来と東西の違いを徹底解剖【2026】について押さえておきたい 事実を厳選して解説いたします。
旧暦の8月15日を指す十五夜(中秋の名月)の供え物といえば月見団子ですが、この習慣が庶民に定着したのは江戸時代後期の文化・文政期のことです。平安時代の貴族たちは中国から伝わった「観月の宴」として、杯に月を浮かべて詩歌や管絃を楽しんでいましたが、そこに団子を供える風習はありませんでした。 月見団子の起源を民俗学的に掘り下げると、日本の基底文化である農耕儀礼、とりわけ「里芋の収穫祭」に行き着きます。稲作が普及する以前、日本の主食的な役割を担っていた里芋の収穫期がちょうど旧暦8月前後に重なることから、十五夜は別名「芋名月(いもめいげつ)」と呼ばれていました。その年に無事収穫できた新芋を蒸して神仏や月に捧げ、豊作を感謝した儀式が、時代を経て米粉を使った団子へと昇華していったのです。 また、団子の傍らに添えるススキを供える意味にも重要な役割があります。ススキは切り口が鋭利であることから魔除けの力があると信じられていただけでなく、秋の収穫期において「稲穂に見立てた依り代(よりしろ=神様が宿る場所)」としての意味合いを持ちます。実りをもたらす月の神様をお招きし、悪霊を払いながら翌年の豊作を祈願する――月見団子とススキの組み合わせには、自然の恵みに対する先人たちの敬意と合理的な祈りが凝縮されています。