白豪主義の深層:差別国家から多文化共生へ変貌した豪州の教訓

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白豪主義の終焉は、単なる道徳的な反省から生まれた美談ではない。冷酷な国際情勢の激変と、生き残りを賭けた国家戦略の転換が生んだ政治史のドラマだった。第二次世界大戦後、アジア各地で旧植民地が次々と独立を果たす中、露骨な人種差別を国是とするオーストラリアは、アジア太平洋地域の中で急速に孤立していった。

長らく形骸化が進んでいた差別体制に決定的な幕を引いたのが、1972年に政権を奪還したゴフ・ホイットラム率いる労働党政権である。ホイットラムは1973年、移民選考基準から人種・国籍・肌の色を完全に撤廃することを断行した。アジアの隣国との経済連携や安全保障の確立なしに自国の繁栄はあり得ないという現実主義的な判断が、70年以上にわたって国家を縛り続けた白人至上主義のドグマを打ち破ったのだ。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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