武蔵野線103系引退の真相と現在|ジャカルタ譲渡とラストランの全貌
武蔵野線103系引退の真相と現在|ジャカルタ譲渡とラストランの全貌の全体像を丁寧に掘り下げてご紹介します。
日本国内で廃車が進む中、武蔵野線で活躍していた103系の一部には驚くべき第二の車生が用意されていました。それがインドネシアの鉄道公社(PT Kereta Commuter Indonesia / KRLジャカルタ)への海外譲渡です。
2004年から2005年にかけて、ラストランを務めたE38編成やE37編成などを含む計16両(4両編成×4本に再編)が海を渡りました。現地では深刻な車両不足に悩まされており、日本の頑丈な国鉄形車両に白羽の矢が立ったのです。
ジャカルタに到着した103系は、現地の気候に合わせた冷房装置の強化や、投石対策の前面窓保護網の設置、派手な現地カラーへの塗装変更を受け、首都近郊の通勤路線で大活躍を見せました。
しかし、過酷な熱帯気候下での酷使や部品調達の難航、さらには後年日本から大量に輸出された205系や東京メトロの譲渡車両への置き換えが進んだことで、2016年頃までに全車両が運用を離脱しました。多くの車両は現地チカウムの車両基地などで留置・解体となりましたが、一部の先頭車車体が現地で保存・展示されるなど、日イ友好の架け橋としての功績は今も現地で語り継がれています。