阿部定事件の真相と動機を徹底検証|愛と狂気の果てに消えた昭和史の闇
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事件から現代に至るまで、阿部定という人物像には多くの誤解やセンセーショナルな歪曲がつきまとっています。ネット上や通俗誌で広まった言説と、実際の史実には明確な乖離が存在します。
第一の誤解は、「定は冷酷無比な快楽殺人鬼であった」という言説です。捜査記録や当時の精神鑑定書を担当した医師らの見解によれば、定は反社会的性格(サイコパス)ではなく、極めて情が深く、むしろ被害者への罪悪感と喪失感に深く打ちひしがれていました。逮捕直後に警察署で振る舞われた食事に対して深々と頭を下げ、吉蔵の冥福を祈り続けた姿は、捜査員たちの同情すら集めたと伝えられています。
第二の盲点は、事件が起きた時代背景です。昭和11年は、陸軍青年将校らによるクーデター未遂「二・二六事件」が起きた年であり、日本社会全体が軍国主義と息苦しい統制に覆われていました。そうした重苦しい世相の中で、個人の強烈なエロスと愛憎を剥き出しにした阿部定事件は、大衆にとってある種の「抑圧からの逃避口」として異常なまでの関心を集めました。当時の瓦版や新聞号外は飛ぶように売れ、公判の傍聴券には長蛇の列ができた事実が、時代が求めた熱狂の特異さを物語っています。