ウォーホル『マリリン』250億円の真相|死生観と名作の謎を徹底解剖
ウォーホル『マリリン』250億円の真相|死生観と名作の謎を徹底解剖の見逃せないポイントを徹底的にカバーしました。
美術史に燦然と輝く『ショット・マリリン』シリーズの誕生には、映画のワンシーンよりも突飛な銃撃事件が関わっています。1964年秋、ニューヨークにあったウォーホルの銀色のスタジオ「ファクトリー」に、パフォーマンス・アーティストのドロシー・ポドバーが愛犬とともに姿を現しました。
壁際に重ねて立てかけられていた4枚の完成したばかりのマリリンのキャンバス(セージブルー、ライトブルー、オレンジ、レッド)を目にした彼女は、ウォーホルにこう尋ねました。
「それらを撃ってもいい?(Can I shoot them?)」
ウォーホルは彼女が「写真を撮る(Shoot photos)」という意味で言ったのだと思い込み、何気なく「いいよ」と答えました。するとポドバーは手袋を外し、ハンドバッグから取り出した小型のリボルバー拳銃を構え、マリリンの眉間に向けて発砲したのです。銃弾は4枚のキャンバスの額を一瞬で貫通しました。彼女は何事もなかったかのように銃をしまい、スタジオを立ち去ったと伝えられています。
即座に出入り禁止となったポドバーですが、ウォーホルはこの物理的な暴力の痕跡を嘆くどころか、即座に美術史的伝説へと昇華させました。損傷したキャンバスの弾痕を丁寧に修復した上で、この4枚(および現場になかったターコイズを除いたシリーズ)を『ショット・マリリン(The Shot Marilyns)』と改名したのです。絵画そのものが暴力と死の現場となったこの事件によって、作品には破壊不可能な神話性が付与され、後年の天文学的なオークション価格を決定づける要因となりました。