原敬の出身地と家柄の真相|なぜ盛岡藩上級武士が平民宰相となったのか

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Q1:原敬の出身地はどこですか?また、当時の藩の名前は何ですか?
A1:原敬の出身地は、現在の岩手県盛岡市本宮です。江戸時代末期における陸奥国盛岡藩(南部藩)の領地であり、現在も盛岡市内には原敬記念館や生家が大切に保存・公開されています。

Q2:原敬の家柄は庶民だったのですか?家系図の真相を教えてください。
A2:庶民ではありません。原敬の祖父・直記は盛岡藩の家老を務めた重臣であり、原家は藩内で最高クラスの家格を誇る上級武士でした。戊辰戦争で盛岡藩が敗北したことで家運が傾き、原敬自身が23歳のときに分家して平民籍に入ったという経緯があります。

Q3:なぜ原敬は「平民宰相」と呼ばれ、爵位を拒み続けたのですか?
A3:衆議院議員として政党政治を主導するためです。華族(貴族)になって爵位を受けると貴族院議員へ回らざるを得ず、民意を代表する衆議院での議席を失ってしまうため、生涯にわたって爵位の打診を断り続け、「無爵位の平民総理」として政治を貫きました。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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