織田信長は本当にイケメンだった?宣教師の記録と肖像画が明かす衝撃の真相
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信長の顔として誰もが真っ先に思い浮かべるのが、愛知県豊田市の長興寺に伝わる国指定重要文化財「紙本著色織田信長像」だろう。キリリと吊り上がった鋭い眉、すっきりと通った高い鼻梁、そして薄い唇。全体として意志の強さを感じさせる、非常に洗練された顔立ちである。
この長興寺所蔵の肖像画は、本能寺の変の翌年(1583年)、信長の一周忌に際して重臣の余語正勝が画僧に描かせたものとされている。生前の姿を直接写生したものではないものの、当時の狩野派による肖像画は当主の特徴を忠実に捉えることが求められており、信長を間近で見ていた親族や家臣たちの厳しい鑑識眼を経て奉納された。そのため、顔の骨格やパーツの配置に関しては実物に極めて近いというのが美術史学界の共通見解である。
また、山形県・天童市に伝わる織田家宗家所蔵の肖像画や、イエズス会のイタリア人画家ジョバンニ・ニコラオが描いたとされるスケッチの写本を見ても、共通して「面長で彫りが深く、鷲鼻でシャープな輪郭」が描写されている。丸顔で彫りの浅い典型的な和風顔ではなく、どこか異国情緒を感じさせる立体的な顔立ちであったことが、複数の独立した資料から裏付けられている。