じゃがたらいもの語源と歴史の真相|オランダ船が運んだ食卓革命
じゃがたらいもの語源と歴史の真相|オランダ船が運んだ食卓革命を徹底追究! 知っておきたい 情報と解説を凝縮して配信します。
江戸時代まで栽培されていた在来のジャガタラ芋は、小ぶりで凹凸が深く、現在私たちが口にしているような大ぶりでホクホクとした食感の芋とは程遠いものでした。日本のジャガイモ産業を根本から塗り替えたのは、明治時代以降に欧米から導入された近代品種です。
その代表格が、今なお国内生産の主力を担う男爵いもです。明治41年(1908年)、函館船渠(函館ドック)専務取締役などを歴任した川田龍吉男爵が、イギリスやアメリカから自費で取り寄せた種芋の中から、アメリカ原産の「アイリッシュ・コブラー(Irish Cobbler)」を選抜し、北海道七飯町の自家農場で試作したのが始まりです。この芋は大型で収量が多く、風土病にも強かったことから瞬く間に北海道全域へ普及し、創始者の爵位に敬意を表して「男爵いも」と命名されました。
一方、煮崩れしにくくシチューやカレーに適したメークイン(May Queen)は、大正時代初期にイギリスから導入されました。春の訪れを祝う五月祭の女王に由来する優雅な名を持つこの品種は、関西地方を中心に急速に親しまれるようになります。男爵の「粉質(ホクホク感)」とメークインの「粘質(なめらかさ)」という二大品種の個性が確立されたことで、洋食文化の普及とともに日本の家庭料理の骨格が完成したのです。