山城新伍の死因と最期の真相|老人ホームでの闘病と娘との絶縁理由
話題沸騰中の 山城新伍の死因と最期の真相|老人ホームでの闘病と娘との絶縁理由について、多角的な視点をご紹介しています。
報道各社の公式取材資料によると、山城新伍(本名:渡辺安治)さんは2009年8月21日午後3時14分、東京都町田市内の特別養護老人ホームで誤嚥性肺炎のため息を引き取りました。享年70歳でした。
死の直接の引き金となったのは肺炎でしたが、その背景には10年以上に及ぶ過酷な生活習慣病との闘いがありました。山城さんは現役時代から豪快な食生活と多量の飲酒を好んでいたことで知られ、50代半ばから重度の糖尿病を患っていました。多忙を極める芸能活動の中で治療や食事制限が後手に回り、病状は徐々に悪化。2000年代に入ると血糖値のコントロールが著しく困難になり、インスリン投与を余儀なくされていました。
さらに追い打ちをかけたのが、糖尿病の合併症から引き起こされた脳梗塞と軽度認知障害(MCI)の進行でした。関係者の証言によると、2005年頃から会話のつじつまが合わなくなったり、旧知のスタッフの顔と名前が一致しなくなったりする認知症の初期症状が現れ始めました。かつて「話芸の天才」と呼ばれ、淀みない話術で番組を仕切っていた本人は、自身の言葉が滑らかに出てこない現実に激しい焦燥感と苛立ちを募らせていたと伝えられています。
病状が進行した2008年春、山城さんは自らの意思で芸能活動を完全に休止し、町田市内の特別養護老人ホームへ入所。かつての華麗なスポットライトから完全に身を引いた隠遁生活に入りました。