城山ダムは“見るダム”から“体感するダム”へ変わった。放流の轟音、紅葉の静寂、ダムカードとダムカレー。その裏に隠された治水の歴史と、ネットで囁かれる心霊の噂まで、神奈川・相模原の巨大インフラを徹底解説する。
話題沸騰中の 城山ダムは“見るダム”から“体感するダム”へ変わった。放流の轟音、紅葉の静寂、ダムカードとダムカレー。その裏に隠された治水の歴史と、ネットで囁かれる心霊の噂まで、神奈川・相模原の巨大インフラを徹底解説する。について、多角的な視点をご紹介しています。
城山ダムの歴史は1960年代にさかのぼる。高度経済成長期の神奈川県は人口急増と工業化で水需要が爆発的に増え、相模川水系の開発が急務だった。城山ダムは1965年(昭和40年)に完成し、以来、横浜・川崎方面への上水道供給と発電を担ってきた。建設当時は「相模川総合開発事業」の一環で、上流の相模ダムとともに首都圏の水がめとして機能してきた経緯がある。
完成から半世紀以上が経過した現在、老朽化対策と耐震補強が段階的に進められている。2026年から2026年にかけては堤体内部の点検とゲート設備の更新が行われており、工事期間中は一部の見学エリアが立ち入り制限になることもある。地元住民への説明会では「ダムの安全性を過信せず、定期的な点検で長寿命化を図る」との姿勢が示されている。この点、ネット上では「城山ダムはもう限界なのでは」という声も散見されるが、少なくとも公式発表の範囲では構造上の重大な問題は確認されていない。
また、城山ダムは「城山発電所」とセットで語られることが多い。ダム直下に設置された水力発電所は最大出力25万キロワット級で、昼間のピーク需要に合わせて発電する揚水発電方式を採用している。夜間に下流の津久井湖から上池へ水をくみ上げ、昼間に落として発電する仕組みだ。この運用が「津久井湖の水位が一日で変動する」という現象を生み、SNSで「城山ダムの水位がおかしい」と話題になる原因にもなっている。