杏と母親の泥沼裁判と絶縁の真相|借金問題からフランス移住後の現在
杏と母親の泥沼裁判と絶縁の真相|借金問題からフランス移住後の現在の要点や背景を丁寧にまとめました。全体像を一目で把握できます。
母娘の間に生じた亀裂の歴史は、決して裁判直前に始まったものではありません。その原点は、杏がまだ幼少期だった1989年にまで遡ります。父である渡辺謙が映画初主演作の撮影中に急性骨髄性白血病を発症し、生死の境をさまよう闘病生活に入ったことがすべての始まりでした。
夫の重病という極限の不安に追い詰められた由美子氏は、精神的な救いを求めて新興宗教団体「釈尊会」に深く傾倒していきました。病気平癒の祈祷や布施のため、親族や知人のみならず、杏や兄・渡辺大が通っていた名門私立小学校の同級生の保護者たちからも次々と金銭を借入。その借金総額はおよそ2億円(一説には利息を含め4億円超)にまで膨らみ、社会問題化しました。
2002年から始まった渡辺謙と由美子氏の離婚裁判では、法廷で多額の借金の内訳や宗教団体への流出が赤裸々に暴露され、2005年に正式な離婚が成立。親権は母親側に渡ったものの、家庭は経済的に完全に困窮していました。
当時、高校生だった杏は学費を支払うことが困難となり、通っていた名門私立高校(堀越高等学校)を中退せざるを得ない過酷な選択を迫られます。「自分が働いて兄を大学に進学させる」と決意した杏は、居酒屋やファミリーレストランでのアルバイトを掛け持ちしながら、自らの力でモデルオーディションを勝ち抜き、パリ・コレクションへの出演を果たすなどして実家の借金完済を支援し続けました。しかし皮肉にも、娘の献身的な努力と成功が、母親の経済的依存をより強固にしてしまう結果となったのです。