青葉城恋唄の誕生秘話と歌詞の真相|さとう宗幸が紡ぐ名曲の現在
今注目を集めている 青葉城恋唄の誕生秘話と歌詞の真相|さとう宗幸が紡ぐ名曲の現在について、詳しいまとめを整理して公開しています。
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昭和歌謡史に燦然と輝く青葉城恋唄の誕生秘話は、1970年代後半のNHK仙台放送局で放送されていた夕方のFM番組『FMリクエストアワー』の一幕から始まりました。当時、番組内のパーソナリティを担当していたさとう宗幸は、リスナーから寄せられた詩に即興で曲をつけるコーナーを受け持っていました。
1977年の秋、スタジオに届いた一通の封書の中にあったのが、仙台在住のアマチュア詩人・星間船一(ほしま・せんいち)が綴った詩でした。「広瀬川流れる岸辺 想い出は帰らず」から始まるその詩情豊かなフレーズを目にした瞬間、さとう宗幸は強いインスピレーションを受け、ピアノとアコースティックギターで即座に哀愁漂うメロディを紡ぎ出したと当時の手記で振り返っています。
番組で初披露されるや否や、リスナーからの反響は凄まじく、リクエストや問い合わせの電話が放送局に殺到しました。当初はレコード化の予定すらなかったローカル番組の1ピースが、地方都市発信のムーブメントとして急速に熱を帯びていったのです。