群馬・大泉町が日本のブラジルタウンになった理由と治安・グルメの現在
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人口約4万2000人の地方都市である大泉町に、なぜこれほど多くのブラジル人が暮らしているのでしょうか。その原点は、日本の高度経済成長からバブル期にかけての産業構造と、国の政策転換にあります。
大泉町は古くから「ものづくりの街」として栄え、SUBARU(旧・富士重工業)群馬製作所大泉工場や三洋電機(現・パナソニックグループ)などの巨大工場が立地する北関東有数の工業集積地でした。1980年代後半のバブル景気期、製造ラインは深刻な人手不足に陥り、労働力の確保が急務となりました。
転換点となったのが1990年の出入国管理及び難民認定法(入管法)改正です。日系人(2世・3世)とその配偶者に対して就労制限のない「定住者」などの在留資格が付与されたことで、日本企業はブラジルなどの日系人を積極的に招致しました。大泉町の企業群は住居の提供や手厚い生活サポートを用意して受け入れを推進し、口コミや親族ネットワークを通じて瞬く間にコミュニティが拡大していきました。
初期は「短期の出稼ぎ」を目的とした単身男性が中心でしたが、1990年代後半から家族の呼び寄せが進み、定住化が加速。行政や商店街もポルトガル語の併記や専門サービスの導入を進めた結果、生活インフラが整った大泉町は、日本で最もブラジル人が安心して暮らせる拠点としての地位を確立しました。