シブがき隊解散理由の深層!解脱の真相と本木・薬丸・布川の現在を追う
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1988年11月2日、東京厚生年金会館でのファイナルコンサートをもって、シブがき隊はその活動に終止符を打ちました。会見で発表されたキーワードが、仏教用語である「解脱(げだつ)」です。「迷いの世界から脱出して、何ものにもとらわれない自由な境地に達する」という意味を持つこの言葉を選んだのは、当時22歳だった本木雅弘でした。
当時の男性アイドル像は、事務所が用意した歌劇の世界を忠実に演じることが求められる時代でした。しかし、メンバーが20代を迎えるにつれ、「大人でも子どもでもない中途半端な年齢で、いつまでも短パンを履いて飛び跳ねているわけにはいかない」という焦燥感がグループ内に芽生え始めます。特に表現への強いこだわりを持っていた本木は、アイドルという既成概念の檻に激しい閉塞感を抱いていました。
関係者の回想録によると、解散を切り出したのは本木であり、そこに異論を挟む余地はなかったとされています。薬丸裕英もまた、グループとしての商業的なピークを冷静に見極めており、布川敏和も2人の張り詰めた空気を察知していました。世間が騒ぎ立てた単なる「仲間割れ」ではなく、「青年から大人の男へ脱皮するための必然的な自立」こそが、解脱宣言の根底にあった動機です。