生類憐れみの令はなぜ悪法と呼ばれた?徳川綱吉の真意と驚きの再評価
生類憐れみの令はなぜ悪法と呼ばれた?徳川綱吉の真意と驚きの再評価とは一体何なのか? 背景や要点を整理してお届けします。
綱吉が丙戌(ひのえいぬ)年生まれだったことから、犬が特別な保護対象とされ、綱吉自身も「犬公方(いぬくぼう)」とあだ名されました。特に有名なのが、現在の東京都中野区(中野駅周辺)に建設された「中野犬屋敷」です。
敷地面積は約30万坪(東京ドーム約20個分以上)に及び、最盛期には10万頭近くの野良犬が収容・保護されていました。犬たちには専門の獣医(犬医者)が付き、白米や味噌、魚が配給されるなど手厚く管理されていたと伝わります。
しかし、この巨大施設の維持費やエサ代は幕府の財政を圧迫し、江戸の町民にも維持費の一部(犬役金)が課せられたため、庶民の間で強い不満が蓄積する大きな要因となりました。